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働く人 2022.12.01 Update

【代表インタビュー】株式会社浦幌木炭 背古まどかさん

浦幌町で活動する事業者の代表にお話を伺う「代表インタビュー」シリーズ。ご自身が抱える思いや、今に至るまでのお話、目指す未来について伺っていきます。今回は、株式会社浦幌木炭 代表取締役 背古まどかさんです。

北海道浦幌町出身。進学で浦幌町を離れるも、19歳のときにUターン。ご実家である株式会社エムケイで経理の仕事をしながら、嫁がれた浦幌神社の仕事をこなし、2021年9月からは株式会社浦幌木炭の代表取締役としても活動。技術継承の新しい形、多様な働き方や伝え方を模索しています。

まどかさんと浦幌町

浦幌町で生まれて、中学まで浦幌町。高校は江別市に行ったんです。ちょうど反抗期の時期で、親元から離れたい気持ちもあって。でも、町を出てすぐホームシックに(笑)。

地元に戻ったら、父が経営している木材屋(株式会社エムケイ 以下エムケイ)を手伝おうと考えていました。

高校生のときに進路の相談を両親へすると、”経理の勉強をしたらいい”と言ってもらって、高校卒業後は経理の専門学校へ。通って1年経つ頃、エムケイで経理をしていた方が早期退職されて。戻ってこい!と連絡があり、19歳のときに浦幌町に戻ってきました。

ご実家の会社を手伝おうと思うようになったのは、特別なきっかけがあったわけじゃなく、自然と思うようになったそう。

農家の家の子が農家になることが多いように、自然と自分もそうなるのかな~と思っていました。小さい時から私も会社へ顔を出してたので、社員さんとか仲間と何かやるみたいな意識が自然と植えつけられたのかな。あまり記憶がないんだけど、小学6年の作文に「社長になる」って書いてたらしくて(笑)。親から、後を継いでくれと言われたことは無いのにね。

今は、宮司(浦幌神社・背古宗敬さん)と結婚して神社に嫁いでいるけど、その一方で、親の会社を守らないといけないみたいな謎の使命感もあって。エムケイでの仕事は今も続けています。

エムケイの手伝いをしながら、まどかさんが感じていたのは「木」を本当に体感してもらえるものって無いのかも…?”という課題感でした。

一次産業は、消費者の手に届くまでに通ってきている過程というか、その末端まで伝えることが難しい。農家さんは一部取り組まれてる方もいらっしゃるけれど、「木」のお仕事となるとなかなか難しいなって。

例えば、中学生の仕事体験の受け入れをするときも、仕事現場の見学はできるけど、現場で使っているチェンソーを中学生に実際に扱わせるのは危ない。「本当に体験させてあげられる木の仕事ってあるのかな?木を五感で体感してもらえる方法ってないかな」と思ってました。

まどかさんと浦幌木炭

そんななか、長年浦幌木炭の歴史を紡いできた職人が引退を決意されます。

炭窯職人の佐藤さんが、2021年2月に緊急入院。無事に退院して、大きな後遺症もなかったので、ちょっと休んでから炭窯の作業も再開されました。その時点では、佐藤さんご自身もゆっくり続けようと思っていただろうし、周りもそう思っていたんじゃないかな。でも、作業をしていて不安もあったようでした。重い物を持った時にめまいがしたりね。

それから5ヵ月後の7月、佐藤さんは木炭製造をやめる決断をされました。そしたら、途端に炭窯の周りが片付き始めちゃって。私が顔を出すたびに物が少なくなっていったり、重機が売られていったり……この勢いで炭窯も壊しちゃう勢いだったんです。

浦幌木炭は評価の高い炭だって分かっていたから、その炭が無くなってしまうのはもったいないなと思っていました。

というのも、浦幌木炭の販売ルートのほんの一部に、エムケイを経由しているものがあって。ホームセンターに流通したり、インターネットで販売していたんです。外国産の炭より高値にしても、使う人には分かる評価の高い木炭だからしっかり売れていくんですよ。

「1ヵ月待ってください」と佐藤さんに伝えて、自分が引き継ぐか悩みました。神社の嫁として、神社のお仕事もあるので。

でも、宮司が後押ししてくれたのが一番大きかったかな。「乳神神社の信仰を広めたのは炭焼き職人だったという歴史もあって、浦幌神社・乳神神社の信仰が全国へと広がりをみせている。今度は炭窯が危機だから、神社が炭窯を守る番なんじゃないのかな」って。8月、佐藤さんに「私に炭窯を引き継がせてください」と伝えて、9月に引き継ぎました。

浦幌木炭を引き継いでから、自分自身や仲間の働き方、浦幌木炭の伝え方を日々模索し続けているまどかさん。

最近は、作業を手伝ってくれる方やアルバイトの方が来てくれているおかげで、これまで1週間かけてやっていたことを5日でできるようになりました。私もそこでぎゅっと集中してやる感じ。

あるときに、出来上がった炭たちの中に目についた炭があったんです。「これってすごい芸術作品じゃない?飾ったらかっこいいな~」とひらめいて!

実は、出来上がった炭って全部形が違うんです。「浄化」とか「消臭効果がある」とかいろんな役目をしていることを木炭にいろんな効果があることは知ってはいたし、これを燃やすだけにするのはもったいないと思って、飾り木炭としても浦幌木炭を商品化し始めました。

浦幌木炭のこれから

職人の佐藤さんは忙しく必死に仕事をされていたので、良質な木炭を作ることに注力されていました。私は佐藤さんの守ってきた木炭を、「どうやって伝えたらもっといろんな人に喜んで使ってもらえて、この先も浦幌木炭の歴史と炭窯を残していくことができるんだろう」ということを常に考えています。

いろんな人に携わってもらって今の炭窯があるんだ!ということを広めてもらえることが、未来の浦幌木炭にとってありがたいし、まだまだ伝えきれていない面白い作業もたくさんあるので、これからも魅力を発信し続けたいです。

まどかさんが一人で職人さんの知識や技術をそのまま引き継ぐのは難しいため、「私の役目は職人さんと炭窯に興味がある人のつなぎをすること」とおっしゃっていたまどかさん。
実は、炭窯職人候補として今年3月から一緒に作業をしている、森さんという方がいらっしゃるそうなんです。森さんへのインタビュー記事も出る予定なので、どうぞお楽しみに!

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