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働く人 2022.12.07 Update

愛情と現実の両軸から営みを続ける山田農場。牛と関わる働き方や日々に迫る。


見渡す限り広大な田畑が広がっている、浦幌町稲穂地区。
青く広大な空に、見渡す限りの田畑が広がる光景から、北海道らしさを感じることができる。
その地区で約70年間、営みを続けているのは「山田農場」だ。

山田農場では畑作、畜産、乳牛の預託事業を展開している。畜産牛の飼育頭数は約250頭。これは、浦幌町内で2番目の規模に当たる。
オーナーは山田卓さん。山田さんは高校卒業後短期大学に進学。在学中はJICA研修やアメリカ留学を経て、卒業後に山田農場で働き始めた。
現在は山田さん一家と2名の従業員で農場を運営しているため、アットホームさを感じられる。

広大な敷地を有する山田農場で「畜産の仕事」をする日々とはどのようなものなのだろうか。
また、畜産業で働く上での魅力や特徴・現実を取材した。

牛の名前に込められた意図とは

山田農場の入口を入り、最初に現れるのは子牛が飼われている牛舎だ。
まず目に入るのは、生後間もない子牛が飼育されている小さなゲージ。
扉の上には小さなテープが貼ってあり、子牛が生まれた日や名前が記載されている。

取材時に目にした1頭の子牛は「ちゃんぽん」と名付けられていた。なぜちゃんぽんと命名したのだろうか。山田さんに名付けの意図を伺う。

「子牛に『ちゃんぽん』や『カステラ』という名前をつけた理由は、親牛が長崎の牛だからです。名前を見て、この子が長崎の牛だってすぐわかるようにしています。」

山田さんは1年に2〜3回ほど、島根県や長崎県などへ牛の買付に行っている。そのため、山田農場で飼育されている牛は全頭が浦幌町生まれではない。
名付けには牛の情報を整理するために意図がある一方、親しみやすい名前をつける山田さんの人柄に、温かさを感じる。

「牛たちを育てる日々」とは

続いて生育した牛たちが飼育されている牛舎に移動。
ここで、約4年間勤めている従業員の方へ、山田農場における「働き方」について話を伺う。
話を伺った従業員の方は、高校卒業後に日高地方で競走馬の育成・繁殖に携わっていた。その後全国の農家で経験を積んだのち、浦幌町民からの紹介を経て山田農場で働きはじめたという。

山田農場での仕事内容は日によって異なる。
牛の餌やりを基本としつつも、牛舎の寝床清掃や分娩の様子見、畑仕事など、天気や牛の体調に応じて臨機応変に対応しているそうだ。
少人数で多くの牛を飼育していることから仕事量が多い反面、山田農場で働くから得られるものがあると従業員の方は話す。

「山田農場では大手の農場と比べて、覚えることがたくさんあります。最初は大変だと思いますね。ですが、1人で働けるようになればどの農場でも通用するスキルが得られるようになります。スキルアップのために働くのであればいいと思いますね。」

一方、時代の進歩とともに飼育におけるIT化も進んでいる。現在は牛に体温測定ができるICチップを取り付けることで、分娩日の予測をスマートフォンの通知で確認することができる。そのため、山田農場の従業員は、体調が悪い牛が居ない場合や分娩日でない日は夕方頃に全員帰宅するという。

生き物を相手に仕事をする「畜産」。どのような人がこの仕事に向いているのだろうか。
従業員の方はベテランとして長く働いているからこそ持てる視点で、現実を語った。

「畜産業で就職したいのであれば、少なくとも自分自身で『やりたい』という自覚や覚悟を持って欲しいです。ただ言われたことだけをこなす『仕事』と捉えるのであれば、第一次産業で働くのは厳しいと思います。農場の環境が合うか合わないかは、人それぞれです。働いてみないとわからないですからね。」

その一方、考え方次第では働く上で「柔軟さ」も担保できると話す。

「仕事に対して優先順位をつけて臨機応変に作業ができるようになると、休憩時間を長めに取れたり、早く仕事を終わらせることができます。そのような働き方をできれば、自分自身が楽になりますよ。」

山田さんと従業員の方は、別れ際に笑顔で談笑した。

山田さん:「頑張りすぎると、疲れるからダメだね。」
従業員の方:「少しずるい言い方かもしれないけど、適度に手を抜ける人はいいね。」

人と牛のコミュニケーションは、非なるものに見えて似ている。

取材中、山田さんはときどき牛舎のゲージに入り、牛に栄養剤や予防接種の注射を行っていた。
山田さんは体調が悪そうな牛や、予防接種が必要な牛を素早く見極める。その見分け方は「人間」とも共通する部分があるという。

「牛を毎日見ていれば、体調変化に気づくことができます。人間も毎日会っていたら、『今日顔色悪いのかな』と気付きますよね。牛もその理屈と同じです。牛の飼育は、牛を毎日見ているからできる仕事です。それが、休めない理由の一つでもありますね。」

初心者が牛の変化に気づけるようになるには、どれくらいの期間や工夫が必要なのだろうか。さらに尋ねてみた。

「観察力がある人だったら、おそらく3日もあれば覚えると思います。そのためには、牛を見ながら作業することが大切ですね。牛の世話をする中で、食欲や排便などの変化を見ていれば気づけることも多いですが、単純に作業をしてたら何もわかりません。」

山田さんは栄養剤を牛に飲ませる際、「ほら、頑張って飲んで!」と言葉で呼びかけていた。
だが、牛たちからは鳴き声で応答が返ってくる。
牛と長く接していると「言葉の有無」という違いを乗り越える感覚があると、山田さんは振り返る。

「牛もそれなりに賢いです。人を見かけたら『お腹すいたよ』って鳴きますし、餌が欲しいのにずっと待たせていたら僕たちの方を見てきます。ですが、体調が悪いときはあまり教えてくれません。その辺は少し理解しづらいところですね。でも長く一緒に居れば、牛へもそれなりに気持ちは伝わってるのかなと思います。」

「伝える」から「伝わり合う」へ。
牛とのコミュニケーションでは、人と接する時間よりも長い時間が必要なのだろう。

愛情と現実のバランスを取ることで、働き続けられる環境へ。

山田農場における仕事の目的は、牛の飼育だけではない。
牛に餌を与えることで大きな身体に育て上げ、最終的には牛を食用肉として出荷することで利益を得ている。

畜産市場における一頭あたりの売値相場は55万円から65万円。出荷時の売値額から経費などを差し引いた金額が山田農場の利益となる。現在は円安や物価高の影響で、売値は値下り傾向にあるという。
山田農場における年間の出荷頭数は、およそ120頭。しかし、病死や突然死などによって山田農場内で最期を迎える牛もいる。
山田さんは「牛に対する感情が強い人は、この仕事に耐えられないかもしれない」と考えつつ、牛たちへの向き合い方を冷静に見つめた。


「牛を見送るとき、毎回『かわいそう』だとは思っていられません。私も愛情を込めて育てますが、出荷するときは心を割り切って『美味しくなってね』という想いで見送ります。」

畜産の仕事をする中では、ときには牛との未練を断ち切って、別れなければいけないときも訪れる。
しかし、山田さんは常にそのような気持ちを抱えたまま、働かなくてもよい方法があると話す。

「世話をしている中で、特に可愛がった牛だけを残して欲しいという希望があれば、農場に残します。いま働いている従業員も含めて、その融通は利くと思いますね。愛着が湧いた一頭がいることで、仕事のモチベーションを保つこともできます。」

農場における持続的な運営や従業員の生活、さらには食事をいただく人たちのために牛たちは出荷という「最期」を迎える。
そうした現実がある反面、「一頭との出会い」を大切に仕事をできる環境こそ、山田農場の魅力だろう。

「動物が好き。体を動かすのが好き。畜産に興味があるけれど、どんな仕事内容かわからないから体験したい。そんな方にぜひきて欲しいです。」

山田さんや従業員の方々だけではなく、牛たちも新たな出会いを心待ちにしている。

この記事を書いた人

この記事を書いた人新谷有希

新谷有希

人の話を聞いて、新たな学びを得ることが好き。いまのマイプロジェクトは「興味のあることを掛け合わせながら、道東・道北としなやかにつながる」こと。地域に根ざした取材ライターとしての活動は、どう続けられるのか。デンマークにある人生の学校「フォルケホイスコーレ」を日本でどう広げていくのか、色んな人たちと探究中。

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