昭和53年から続く伝統ある浦幌町文芸誌「樹炎」。浦幌町民や町にゆかりのある方々がさまざまな文章を寄稿しています。
町内で活躍する人々との『座談会』や、毎号異なるテーマの『特集』作品など、浦幌の文化・芸術が詰まった1冊で、浦幌町での暮らしや町の文化を知るのにぴったりな一冊。
今まで三十七号まで発行されています。

今回はそんな「樹炎」の編集委員長を務める杉江さんに、関わるようになったきっかけや編集に携わる思いを伺いました。

杉江委員長プロフィール:
浦幌町出身。高校の三年間を町外で過ごした以外は、浦幌で過ごす。農家、農協職員、老人ホームをへて、現在は所有林の手入れのための山通いをしている。また、浦幌町内で俳句会と短歌会に所属しながら、町民文芸誌「樹炎」の編集委員長を務める。
ー杉江さんが文芸活動を始めたのはいつ頃ですか。
今から10年くらい前です。道新川柳が面白いと思って投稿を始めたのが最初でした。なかなか選ばれないから諦めていたのですが、半年くらい経って、もう少し頑張ってみようと思ったので続けました。初めて掲載された時はまさに「喜び」。作品がいい悪いは別にして、入選したということは読者に見せられる作品ができたということですよね。あの時の気持ちは今でも忘れられません。
そこから7年経ち、体力がなければ作品を作り続けるのは難しいと思って、三年前に投稿はやめてしまいました。

ーその後、町内で樹炎に関わるようになったのはどのようなきっかけでしたか。
以前の「樹炎」編集委員長である井下さんの紹介で、当時の公民館長がうちを訪ねてきたのがきっかけだね。樹炎三十五号を発行したあとでした。なぜ井下さんが私を知っていたかはその時わからなかったんですが、その後、井下さんに経緯を聞きました。
池田町に日本福音ルーテル帯広教会の池田礼拝堂(旧池田教会)という教会がありました。そこは炭鉱の施設を移築して作られた教会でした。林務署の職員さんの一人がクリスチャンだったので、閉山してどう有林となった炭鉱跡地の映画館の附属施設を活かそうという経緯で池田町に移設したんです。
そこの教会の初代牧師は長崎県出身の吉田さんという方でした。1945年の横浜大空襲を失い、引き続く戦争で、食べ物にこまってる人も多い中で、牧師をやっている場合じゃないと神奈川県から浦幌町万年地区を開拓し入植した吉田さんが、その後、池田ルーテル教会で初代牧師を務めたという流れでした。
その後、岡田薫さんという女性の牧師の時に閉鎖することになり、浦幌町立博物館のホールで吉田初代牧師の活動や池田ルーテル教会の活動を振り返るというイベントが行われました。その時に「杉江さん、イベントで一緒に話してくれない?」と浦幌町立博物館からお声がけいただいて、自分と吉田牧師の関わりを話したんです。その時に井下さんがお客さんとして来ていたようで、自分の話を聞いてくれていて、それで井下さんが私のことを知ったんですね。
イベントをきっかけに教会の記念誌を作ったので、それを見て、編集委員に適当なんじゃないかと自分を推薦してくれました。

ーいろいろな繋がりがご縁に繋がったんですね。町内で俳句会と短歌会に所属しているとのことですが、活動を始めたのはどのようなきっかけがあったんですか。
俳句会に所属している皆川さんに「俳句をやらないかい」と誘われ、俳句会に入りました。最初は断ったんですが、皆川さんが太い2本のタコの足を家まで持ってきてくれて(笑)。断れませんよね、それがエサでした。
以前、別の方にも短歌をやらないかと誘われたことはあったんだけど、その時には作る気分にはなれなくて、断っていたんです。俳句会で短歌歴約80年の大山翠会長が「短歌の灯火を消したくないよね」と言っていて、自分も共感したので、俳句会から派生して短歌会もでき、結局短歌も始めました。今では短歌にすっかりハマっています。

ー樹炎の編集委員はいつからやっていますか。
三十六号の時に委員になって、三十七号で委員長になりました。
ー委員に誘われた時はどのように感じましたか。
できっこないと思っていたのですが、館長と係長が二人でお誘いにいらしてくれて、断れませんでした(笑)。
その後、委員長になった時も、年長者から選ぶという流れがあったようで、次はと自分に声がかかりました。年齢的に、同い年はいないという感じだったので、受けるべきではないと思ったのですが、他の人が誰も受けてくれないならやむを得ぬと思って委員長になりました。
ー委員長をやってみてどんな感じでしたか。
会議や編集作業自体が楽しいですが、原稿がたくさん集まれば、なお楽しいですね。
先日も、樹炎を楽しみにしてくれている知人がいたので、「次の樹炎を見るためには書いてくれる人がいないと発行できないんですよね。ぜひ書いてくれませんか」と言いました。書いてくれるといいな。

ー記事自体は毎号さまざまな人が寄稿しているんですね。
そうですね。私自身は書く人が少なくなって廃刊したら寂しいので書いている部分もありますが、関わってくれる人が増えれば嬉しいんです。最近も、寄稿してくれている人が増え、新しい感じの文章や面白い紙面が増えてます。そうやって色々な人に関わってもらいたいですね。
ー創作活動とはどんなものですか。
書くと自分の胸のつかえが取れるような、そんな気持ちがするんですよね。自分の恥も外聞もなくって、自分が辿ってきた道の1行を、作品を通して吐露して、読んでくれればそれでいいやと思いました。あるいは、こんな価値のないものをと思ってもらってもそれでいいとこの歳になって思うようになりました。

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現在、町民文芸誌「樹炎」編集委員会では第38号の原稿を募集しています。
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